その「節税」、半分は繰り延べです — 減価償却と売却時の譲渡所得
賃貸物件を持つと、減価償却で不動産所得が赤字になり、給与の所得税が戻ることがあります。これは本当です。国税庁も認めている仕組みで、怪しい話ではありません。
ただし、その全額が「得」として手元に残るわけではありません。減価償却で下げた分だけ、売却するときの取得費が減ります。取得費が減れば譲渡所得が増え、そこに税金がかかる。つまり、節税額の一部は繰り延べ——先送りです。
とはいえ「全部ウソ」でもありません。引くときの税率と、戻すときの税率が違うからです。この記事は、繰り延べになる部分とそうでない部分を、国税庁の一次情報で分けて整理します。
やりがちな失敗
「節税になる」と聞いて減価償却を最大限に取ることだけを考え、売却時の取得費が同じだけ減っていることを勘定に入れていない——これが典型です。取得費が減れば譲渡所得が増え、そこに課税されます。毎年30万円を10年計上したなら、取得費は300万円減っています。手元に残った税金の一部は、売るときに戻す前提のお金です。
⚠️ 減価償却は「取得費」を削っている
売却時の譲渡所得は、ざっくり 譲渡価額 −(取得費+譲渡費用) で計算します。この取得費が、買った値段そのままではありません。
国税庁 No.3261 は、業務用の建物について、購入代金等から「取得してから売るまでの毎年の減価償却費の額」を合計して差し引くとしています。賃貸に出している物件は業務用です。つまり毎年経費に入れてきた償却費が、そのまま取得費を削っているということです。
毎年30万円の減価償却を10年計上したなら、取得費は300万円減っています。売却時、その300万円分だけ譲渡所得が増えます。
その毎年の金額をどう出すか(中古なら簡便法での耐用年数)は中古マンションの減価償却の記事にまとめています。そこで計算した金額が、そのまま取得費から引かれていく金額です。
⚠️ 経費にしていない償却費まで引かれる
ここが一番見落とされます。No.3261 にはこう書かれています。
仮に毎年の減価償却費の額を必要経費としていない部分があったとしても、毎年の減価償却費の額を合計することに変わりはありません
申告し忘れた年があっても、あえて計上しなかった年があっても、取得費は減ったものとして扱われます。減価償却は「使わなければ取っておける」ものではありません。使わなかった年は、所得税の圧縮という利益だけを取り逃し、売却時の負担は同じだけ背負う——最も損な形になります。
⚠️ 1.5倍の簡便計算は、賃貸には使わない
No.3261 にはもう一つ、耐用年数を1.5倍して旧定額法の償却率で計算する方法(取得価額×0.9×償却率×経過年数、取得価額の95%が上限)が載っています。ネット上でこの式だけを引いた解説をよく見かけますが、これは非業務用——自宅など、事業に使っていなかった建物のための計算です。
賃貸物件は業務用なので、この式ではなく、実際に計上してきた償却費の合計を使います。式を取り違えると、取得費も譲渡所得も違う数字になります。
📈 「5年」の判定日は、売った日ではない
譲渡所得の税率は所有期間で大きく変わります。措置法31条は長期を「その年一月一日において所有期間が五年を超えるもの」と定め、32条は短期を「五年以下」としています。
基準は譲渡した年の1月1日です。売った日ではありません。2020年6月に取得した物件を2025年8月に売ると、売却日ベースでは5年2か月ですが、2025年1月1日時点では4年7か月——短期です。税率は20.315%と39.63%で、倍近く違います。
年をまたぐだけで結論が変わる場面があります。売却を検討し始めたら、まずこの判定日を確認してください。
✅ それでも「全部繰り延べ」ではない
ここまで読むと節税に意味がないように見えますが、そうではありません。引くときの税率と、戻すときの税率が違うからです。
不動産所得の赤字は給与と損益通算され、総合課税の税率で税金を減らします。国税庁 No.2260 の速算表では、課税所得に応じて5%から45%まで(ほかに住民税10%)。一方、売却時に戻ってくる方は、長期であれば20.315%の分離課税です。
ただし引く側にも制限があります。赤字のうち土地取得の借入金利子に相当する部分は、そもそも損益通算できません(措置法41条の4の記事)。引くときの効果は、その分だけ小さく見積もっておく必要があります。
たとえば所得税率33%の人が減価償却で所得を圧縮し、5年超保有してから売却するなら、引いたときの税率のほうが高い。差額は繰り延べではなく、実際に残る差益です。逆に、税率の低い人が短期で売れば、戻すときの39.63%のほうが高くなることもあります。
つまり「節税になる」も「節税は嘘」も、どちらも雑です。自分の税率と保有期間で符号が変わる——それが正確なところです。
✅ 判断のために分けておくこと
- 繰り延べ分:減価償却で減らした取得費 = 売却時に譲渡所得として戻ってくる金額
- 純粋な差益:引いたときの限界税率 − 戻すときの譲渡税率
- 判定日:譲渡する年の1月1日時点で5年を超えているか
この3つを分けて把握していれば、「節税になりますよ」という説明を自分で検算できます。数字を出せない相手の話は、そこで止めて構いません。
損する / 得するサイン
次に当てはまるなら、繰り延べ分を計算に入れておく価値があります。
- 売却を考えている、または5年前後の保有期間で出口を想定している
- 減価償却を計上しない年をつくれば節税を温存できると思っている
- 引くときの税率(総合課税)と戻すときの税率(分離課税)を比べたことがない
- 建物の取得費を、買ったときの金額のまま把握している
こうすればOK
- 減価償却の累計額を毎年記録しておく。売却時の取得費計算にそのまま必要になります。
- 譲渡する年の1月1日時点で所有期間が5年を超えるかを確認する。売却日ではありません。
- 引くときの限界税率と、長期20.315%(短期39.63%)を並べて比べる。差がプラスなら、それは繰り延べではなく実益です。
この記事の根拠(一次情報)
| 内容 | 数値・ルール | 出典 | 時点 |
|---|---|---|---|
| 業務用建物の取得費 | 購入代金等から、取得から売却までの毎年の減価償却費の額の合計を差し引く | 国税庁 No.3261 | 令和7年4月1日現在法令等 |
| 必要経費にしていない償却費 | 「仮に毎年の減価償却費の額を必要経費としていない部分があったとしても、毎年の減価償却費の額を合計することに変わりはありません」 | 国税庁 No.3261 | 令和7年4月1日現在法令等 |
| 非業務用建物(賃貸ではない場合) | 耐用年数1.5倍に対応する旧定額法の償却率で計算(取得価額×0.9×償却率×経過年数、取得価額の95%が上限) | 国税庁 No.3261 | 令和7年4月1日現在法令等 |
| 長期譲渡所得の税率 | 所得税15%+住民税5%、復興特別所得税は基準所得税額の2.1% → 合計20.315% | 国税庁 No.3208 | 令和7年4月1日現在法令等 |
| 短期譲渡所得の税率 | 所得税30%+住民税9% → 合計39.63% | 国税庁 No.3211 | 令和7年4月1日現在法令等 |
| 長期・短期の判定日 | 「その年一月一日において所有期間が五年を超えるもの」が長期、「五年以下」が短期 | e-Gov 措置法31条・32条 | 現行条文(2026年8月1日確認) |
| 総合課税の最高税率 | 課税所得4,000万円以上で所得税45%(控除額4,796,000円)。ほかに住民税10% | 国税庁 No.2260 | 令和7年4月1日現在法令等 |
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無料で試算する本記事は一般的な情報提供を目的としたものであり、個別の税務相談ではありません。 具体的な判断は税理士または所轄の税務署にご確認ください。(令和8年8月時点の情報です)